メールから始まる出会い

初めはタチの悪い冗談だと思っていた。あるいは、頭のおかしいストーカー野郎が、女性のフリをしているのに違いない、と。

あのメールが届いたのは、僕がこの会社に入ってまだ間もない頃だった。

いや、むしろ、インターネットを始めた直後といったほうが正しいかもしれない。初めての会社、初めてのパソコン……。そう、恥ずかしながら僕は、社会に出るまでパソコンを触った事すらなかった。

会社から支給されたコイツが、僕の初めてのパソコンだったわけだ。だから、インターネットもこのときが初めて。そんな僕のメールアドレス宛に初めて届いた1通のメール。

題名は「昨夜はごめんなさい」。それが事の始まりだった。内容は、何やら飲み会で酔い潰れてしまい迷惑をかけてしまったことを詫びているようだった。フランクな文体だったが、不思議なことに僕にはまったく覚えがなかった。しかも文末に記された「マコト」という差出人にも心当たりがない。男か女か分からない名前だが、文章はどことなく女っぽい。

この時点では無知の初心者に等しかった僕は、パソコンに詳しい同期の友人、沢井に尋ねてみることにした。すると、彼は画面を見るなり「社内のコだよ」と言った。ウチの会社は社員番号の一部をメールアドレスに使っているとかで、すぐに分かるのだそうだ。

「試しに、返事書いてみれば?」
「誰だか分かんないのに?」
「間違いメールだったら、相手だって教えられりゃ助かるわけだし」
たしかにそうだ。さっそく返事を書いてみることにした。(じつは、沢井に教わるまで返事の書きかたも知らなかったのだが)。

リアクションはすぐにあった。しかしそれは、指定されたメールアドレスが存在しない旨の、メールサーバーからのエラーメッセージであった。今一度確認したが、書き間違いなどではない。ということはつまり、社員としても存在していないことになる。狐につままれたような気分だった。

2日後、同じ相手からメールが2通連続で届いた。題名はそれぞれ「おんなじこと書いてたんですね」と「こんな私でよかったら…」。意味不明な題名は、1通目を読んでみて理解できた。彼女が受け取ったメールに、こんな記述があったからだ。
Tomoya Mizuhara wrote.>昨夜のこと、覚えてますか?(途中、省略します)>まぁ酔ったときはお互い様ってことで。>これに懲りず、また一緒に飲みましょう。>いつでも介抱しますよ。
なるほど。思うに、飲み会で酔い潰れてしまったことを詫びた彼女のメールと、それを察して先に様子をうかがおうとした彼のメールが偶然、入れ違いになったようだ。……ん、おいおい、よく見るとここに書いてある「ミズハラトモヤ」って僕の名前じゃないか!?いったい、どうなっているんだ?
さんざん考えてみたが、僕にはまったく身に党えがない。この「マコト」とかいう人物と一緒に飲んだ覚えも、介抱した覚えも、くだんのメールを書いた覚えも、だ。
「どうした? フリーズでもしたか?」モニターの前で眉間にしわを寄せている僕を見て、沢井が話しかけてきた。
「いやいや、そうじゃなくて。ほら、例の意味不明メールがまた来たんだよ」「どれどれ……。あれ? オマエが書いたメールの返事じゃないのか、これ」「そう見えるけど、じつは違うんだ」この後、僕たち2人は同姓同名説などの様々な仮説に基づいて議論し合ったが、結局、これといった結論は出ずじまい。それどころか、沢井はこんなことまで言い出した。
「アブない女じゃねぇの?オマエとの関係を勝手に思い描いちゃって、想像の世界と現実とがごっちゃになってるタイプの」
「そんなわけ……ないだろ!」つい声を荒げてしまったものの、それを完全に否定できる自信は、じつはなかった。
「あのぉ、トモヤさんですよね?」メールの一件を忘れかけていた頃だったから、あれから1年ぐらい経った時期だったように記憶している。
マコトとの再会は突然訪れた。場所は、会社のはす向かいに新しくオープンしたレストランバー。
「そうだけど」
「私、マコトです。岩瀬真琴って言います」

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